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想像を絶するほどの様々な種類の依頼が入る。
最も多いのは、やはり浮気調査。
次が企業、社員の就業中の素行調査。
それから行方調査、ストーカー対策など。
他は括る事ができない。
多くの人が想像する、映画や小説に出てくるような案件を抱えている探偵事務所や探偵は存在しない。
職種的にも社会からの認知度は低く、胡散臭さと怪しさが付きまとい、実態を知る人は殆んどいない。
しかし、社会と時代を投影し、最も現代の人の傾向や時代の波を知れる職種だとも言うことができる。
年々、その数を増すストーカー対策と盗聴器発見依頼。
盗聴器の不安などは十数年前からテレビなどでも騒がれ、依頼は増える一方である。
ストーカー、盗聴器・・・。
本当に悩んでいる人は、かなりの数に上るが、もうひとつの問題は、被害妄想である場合の割合が増えているということだ。
見えない敵から逃れようと必死になっている相談者。
実態のない、嫌がらせ。
国家秘密機関からの監視など。
挙げれば限がない。
相談を受ける為、面談に行き、しばしば耳にするのが「電波による攻撃を受けている」という悲痛な叫びだ。
本当に痛がっている。
きっと、痛みはもっと別のところにあるのだろう。
我々はカウンセラーや精神科医ではない。
依頼を受ければ料金も発生する。
「家族は誰も信じてくれない」と涙ながらに語った老婆は「あなたも狙われている」と言って本気で私を守ろうとしてくれた。
そのような相談の電話が入ると私は再び「心の病気」の本を読み返すようにしている。
精神分裂症妄想型。
被害妄想の部分以外は精神科に通う必要がないほどに安定している。
そのような人は家族にも信じてもらえずに、我々に相談することとなる。
警察にも届けたが相手にしてもらえない。
私は出来るだけ本気で耳を傾けるようにしている。
そうすると話を本気で聞いてくれていると感じ、別の部分で安心感を抱く様子が滲み出してくる。
しかし、私には出来ることが何もないのだ。
料金を発生させない為、私は依頼として受けずに相談者を説得する。
話を聞いて信じてあげることも、本当はあまり良くはない。
初めて、私がそのような相談を受けた時、別宅に居住しているという家族の住所をそれとなく聞き出し、後日、調査を行なおうと相談者の家を後にした。
その足で、その家族の家を訪問する。
説明すると、まず私は「幸福を呼ぶ壷」や「幸せになる石」などの販売員を見るのと同じ視線を浴びせられた。
心に病を抱えている人を食い物にしようとしていると見られても仕方がない。
私はただ探偵に依頼するほどにまで、相談者が追い込まれていることを家族に知っておいて欲しかったのだ。
相談者と家族は交流を持っているのか、色々と会話をするように心掛けているのか、いつも気に掛けていることを表現しているのか、病院に連れて行こうとしたことがあるのかを訊ねる。
その家族からの答えは決まっていた。
「忙しいから・・・」
そして、そのような相談者は頑として病院に行くことを拒絶する。
その家族の方との会話が進行するにつれ、こちらで料金を支払うから話を聞いてやって欲しいということになった。
私が出来ることと出来ないこと、本当はどうした方がいいのかを説明する。
調査の必要がないことは明白である。
しかし、料金が発生する以上、まずは探偵に依頼し、問題を解決しようとした相談者の気持ちを埋めなくてはならない。
「調査結果としては、何も心配するような事はありませんよ」
内容に見合った時間を費やし、調査結果を映像と共に報告する。
相談者は意外と安心してくれた。
それでも、一時的な安心感でしかない。
そして数日間、私は相談者の日々の出来事を、興味を持って聞く為に、相談者の家に足を運んだ。
私は家族に、出来るだけ多くの時間を共に過ごすこと、嘘を付いてでも病院には連れて行くことを約束させ、この案件を終了とした。
このような案件は、なにも一人暮らしの高齢者に限った話ではない。
似たような相談が年齢、職業、家族構成、地域に係わらず毎日としてあるのだ。
家族のあり方や家族との意思の疎通、必要とされることの大切さ、忙しさの為に犠牲となるものを深く考えさせられる日々である。
忙しさにより失うものの大きさは、測り知れない。
本当に大切なものを見失わないようにしたいものだ。
私はカウンセラーや精神科医ではない。
最終的に私に出来ることは何もないのだ。
そういった能力を何も持ち合わせていないのに、それでも私は話を聞く為にまた出掛けて行こうとしている。
間違ってはいないと信じたい。
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